トレーニングジムには「In Body」と言う体成分を分析する計測器があり、その計測器に裸足で立ち左右にあるスティックを握ると、15秒ほどで体重はもちろん、体内の水分、タンパク質、ミネラル、体脂肪などが測定でき、さらに体の部位の筋肉量や脂肪量なども測定できる。
トレーニングジムに通い始めた日に「In Body」で体成分を計測したが、体脂肪率は標準値を上回り、筋肉量も標準値の枠内ではあったが低い値だった。2か月が経ち、再び「In Body」で体成分を測定すると、結果は改善されていたが、劇的に変化したわけではなかった。そこでパーソナルトレーナーにアドバイスを貰った。
「あんまり筋肉量が増えてないんやけど…」
「筋肉量はそんな短時間で増えませんよ」
「でも、〇〇のCMでは2カ月で劇的に変化しよるやんか?」
「あれは食事も徹底管理しているからですよ」
「そうか~俺は毎日晩酌するし、ほとんど食事制限してないもんな~」
「あんな風に食事制限して短期間で体を作ってもリバウンドは起きるし、体に疲労が溜まります。In Bodyの数値を見る限り順調に体ができていますから、全く問題ないですよ。目的は運動不足の改善でしたよね?」
「そうやけど、頑張って通いよるけん、もう少し筋肉も付けたいんよね~」
「それではトレーニングメニューを見直し、各部位ごとに集中してトレーニングしましょう。筋肉を増やすにはプロテインなどのタンパク質やカロリーしっかり摂って下さい!」
僕のスポーツジムに通う目的が変わりトレーニングメニューも大きく変わった。
トレーニングジムに通っていると、皆、それぞれ目的を持って通っているようだ。ある年配の男性は脳梗塞で倒れたのだろうか、半身に麻痺がありリハビリのためなのか、毎日、懸命にスポーツクラブに通っている。またマッチョな体の女性はやたらと体を露出したウェアを着て、周りに自慢げに筋肉を披露しているように見える。(マッチョな人はやたらと壁面ある鏡を意識し、鏡に映る自分の肉体をうっとりと眺める傾向があるようだ)そして「キャーキャー」と騒ぐ二人の若い女性は、マッチョな彼氏でも探しに来ているのだろうか。
早速、僕は張り切って新しいハードなトレーニングメニューに精を出した。
翌日、僕は微熱が出て筋肉痛になった…。
5月2日の夜、自宅近くで起きた交通事故に進展があり、テレビのニュースで続報が伝えられた。ニュースでは事故現場近くにあった防犯カメラの映像が流れ、道路を横断する自転車に乗った少年に猛スピードで走ってきた車が衝突する瞬間が映っており、少年はその衝撃で15メートルほど飛ばされたと言う。また警察の調べでは加害者は制限速度50キロの道路を倍の100キロ近いスピードで車を運転し少年を跳ね死亡させたとし、過失運転致死の疑いで逮捕したと言う。
僕は事故を目撃していないが自宅でクラクションとタイヤの摩擦音、それに大きな鈍い衝突音が聞こえたので、スピードは随分出ていたと想像していたが、まさか一般道を100キロのスピードで走るとは無謀で自殺行為だと驚いた。
僕の車には衝突を回避するための自動ブレーキや、自動でハンドルを切り衝突を回避する機能が装備されているが、その機能は運転スピードが40~50キロが限界のようで、それ以上のスピードが出ていると衝突を回避することは難しい。加害者が運転していた車はベンツだったので事故を回避するための装備は付いていただろうが、100キロ近いスピードでは衝突を回避する機能は作動しなかったのだろう。彼が制限速度を守っていれば自動ブレーキなどの衝突を回避する機能が働き、衝突しても少年は死に至ることは無く軽傷で済んだのではないだろうか。
これから車の技術はさらに進み安全性は高まるだろう。しかし車を運転する人間が交通ルールを無視し乱暴で無茶な運転を行えば、進歩した技術は生かされることはない。
僕も若い頃に無茶な運転をして電柱とガードレールにぶつかる事故を起こし、購入したばかりの車を廃車にした苦い経験がある。しかも初回のローン返済日が来る前に廃車になったので、車は無いがローンの返済が始まった。ローンの期間は3年でボーナス払いも利用していたので、ボーナスは右から左にローンの返済に消えた。あの時の事故は今でも夢に出てくることがある。交通事故は人身事故でなくても起こした人間は後悔する。
僕は事故現場で加害者と一言だけやり取りがあった。事故現場で呼吸の止まった少年に僕が心臓マッサージをしていると、加害者が僕に心細い声で話し掛けてきた。
「助かりますかね?」
「わかりません!」
たったそれだけの会話だったが、彼は途方に暮れた様子だった。
ゴールデンウィークの間、お袋は妹夫婦の家に出掛け楽しく過ごしていたが…。
7日の夜、妹の旦那から連絡をもらい高熱が出たのでPCR検査を受け、検査結果は週明けに出ると言う。そのため濃厚接触者のお袋は妹夫婦の家で足止めになった。翌日、お袋も微熱があり咳が止まらないようでPCR検査を受けることに。お袋の検査結果も週明けに出ると言う。そして週が明け妹から電話があった。
「兄ちゃん、二人とも陽性やった…」
「えっ?マジで?お袋は大丈夫ね?」
「今は微熱があって咳が出よる。保健所から連絡があって、陽性者は10日間、誰とも会わずに自宅で療養することになるけん、お母さんはうちにおってもらうことになった。私も濃厚接触者やけん、明日、子供たちとPCR検査を受けに行く」
「お袋は高齢やけん心配やね」
結局、PCR検査の結果は妹夫婦と甥っ子、それにお袋が陽性で、唯一、姪っ子だけは陰性だった。
新型コロナウィルスは感染して4、5日で発症し、発症日の前後各2日間に大量の菌を放出するそうで、発症から10日間の隔離が必要となる。そして発症して10日後、遡って3日間熱やその他の症状がなければ治ったと判断される。新型コロナに感染すると保健所が感染者から個別に症状を聞き、病院や自治体が借り上げた療養するためのホテルに振り分ける。しかし4月末から福岡も感染者が急増し病院はもちろんホテルも満床で直ぐに入ることはできないそうだ。
妹夫婦は高熱が続いていたがお袋は発症した日に微熱と咳があったものの、その後は平熱で咳も収まり無症状だと言う。また甥っ子も無症状だが、嗅覚と味覚が無くなったそうだ。お袋の容態を聞き僕は少し安心したが、寝たきりだと足腰が弱くなるので庭で歩くなど少しは運動するようにお袋に伝えた。そこでお袋は妹の家にあったフィットネスバイクで運動していたが、フィットネスバイクから降りる時に転び脇腹を痛め起き上がれなくなった。
妹は高熱の中、お袋を看病していたがお袋が余りにも脇腹を痛がるので保健所に掛け合い、高齢のお袋は急遽入院することができるようになり、救急車で随分遠い病院に搬送された。
入院したお袋の診断はCOVID-19と肋骨3本の骨折だった。
また妹の旦那も高熱が一週間続き酸素濃度が下がったので救急車で病院に搬送され集中治療室に入り、妹はホテルに空きが出たようでホテルに搬送され療養することになった。妹家族とお袋にとっては何とも悲惨なゴールデンウィークになった。
発症から10日が過ぎ、お袋は感染症病棟を出て一般病棟に移り骨折の治療をしている。お袋が電話を掛けてきた。
「もう私はワクチン打たんでいいんかね?」
「…」
確実に新型コロナウィルスは身近に迫っている。