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2015年12月18日

どの業界も同じだろうが、僕らの業界は特に「締切」の言葉が付きまとう。随分昔に、上司にこう言われた。

「俺たちの仕事は、時間を売っているんだ!商品の発売日や店のオープンの日時が決まっているのだから、テレビのCMも新聞広告もお得意から指定された日時に広告を出稿しなければ意味がないんだ!何としても素材の締切を守れ!」

「ごもっとも!!」

しかしこの仕事に就いて長年思うことがある。どのくらいの企業が計画性を持って段取り良く仕事をしているのだろうか?多くのお得意先は突然思いついたように仕事を発注してくるので、スケジュールはいつもタイトだ。僕らは仕事を頂戴しているので快くお引き受けするのだが、内心焦燥感にかられてしまう。

社長の鶴の一声で商品の発売日や店のオープン日が決まるわけではないだろうし、事前にマーケティングなど計画的に行われているはずだ。それに企業である以上必ず目標数字があり、当然、四半期ごとの決算数字を管理しているはずだ。優秀な企業であれば、毎月の数字も徹底的に管理しているだろう。
また国内の景気動向などは日々の新聞などで把握できるのだから、総合的に早いうちから広告や販促の計画を立てることはできるはずだ。
ひょっとすると計画などなく思いつきやイメージで広告や販促をしているのだろうか(笑)

今週で年末のタイトなスケジュールも落ち着き、年内の締切はほぼ目途が立った。後は挨拶回りや事務所の大掃除が残っているだけだ。

年が明けると、また締切日が追いかけてくる。
週刊誌などの連載を持っている作家は大変だろうな。

written by マックス


2015年12月11日

ある得意先の方に誘われて久しぶりに夜の中洲に出かけた。ボーナスが出始めたようで中洲は混んでおり、多くの人が酔っ払って高笑いしながら歓楽街を歩いている。

随分昔の話だが、社会人になった年の年末、勤め先の先輩達に中洲に飲みに連れて行ってもらい、そこで奇妙なものを目にした。客で溢れかえる夜の中洲を白のブリーフ一枚で60歳手前のおじさんが千鳥足でヨロヨロと歩いている。足元を見ると靴も履いておらず、僕はあっけにとられその姿を眼で追った。そのおじさんは七三分けで黒縁の眼鏡を掛け、公務員風だった。僕があっけにとられていると一緒にいた先輩がこう言った。

「ぼったくりの店ではしゃいで、持ち合わせが無かったから身包み剥がされたんだろう」
「えっ…身包みを剥がされる?」

そんなことは映画や漫画の世界だけだと思っていたが、現実にあることを僕は知り驚いた。あのおじさんは店でどれだけはしゃぎ、どれくらい請求されたのだろう…。あまりにも強烈だったので今でも脳裏にしっかり焼き付いている。
無事に自宅に辿り着いたのだろうか?自宅に帰って家族の反応はどうだったのだろうか?

僕は一度も客引きに付いて行ったことは無いし、ぼったくりの店に入ったことも無い。今でも歓楽街では客引きの若く軽い男や、ホステスなどが声を掛けている。客引きが多くいるということは、彼らに捕まって怪しい店に連れて行かれる客もたくさんいるのだろう。最近ではやたらと「マッサージいかがですか~」と、片言の日本語で呼びかける中国人風の女性を多く見かける。一体どんなマッサージをして費用はいくらかかるのだろう…。
今日は年末が近づく金曜日だ。今夜もどこかで身包み剥がされている人がいるだろう。

皆さんも調子に乗って酒に酔って身包みを剥がされないように!

written by ゴンザレス


2015年12月04日

早いもので12月になり、何かと飲みごとの多い季節がやってきた。この時期は巷では猫も杓子も忘年会で騒いでいる。僕もいくつかの忘年会の予定があるが、そもそも「忘年会」と言う文化はいつ頃から始まったのだろうか。

忘年会のルーツを調べてみると鎌倉時代まで遡る。当時は皇族や貴族の「年忘れ」としてお酒を飲みながら和歌や俳句を楽しんだ。そして江戸時代になると武士は新年会、庶民は一年の憂さを晴らす年忘れとして、酒を楽しむようになった。
現在の忘年会の形に近くなったのは明治の頃で官僚にボーナスが出るようになり、そこから職場での宴会が始まったようだ。この頃から「無礼講」などのフレーズとともにお祭り感覚に変化していったようだ。
さらに昭和になると企業での忘年会が少しずつ行われるようになった。当時は芸者を囲んでの宴席が多かったようだが、その後、忘年会が完全に企業に定着したことで芸者さんから社員の芸に移行していったそうだ。

「忘年会ねぇ…」

忘年会で今年一年の憂さを晴らし嫌なことや失敗したことを忘れ、新しい年を迎えようということが悪いことではないが、今年の嫌なことや失敗したことを全て忘れてしまうと、反省も改善もできない。多くある忘年会の中でひとつの宴会くらい「反省会」と称して、酒を飲んだほうが来年につながるように感じる。

周りを見渡すと毎年同じ失敗を繰り返し進歩のない人がたくさんいる。忘年会ではしゃぎすぎてその年の失敗を忘れてしまったのだろう。
今年の失敗を繰り返さず来年は素敵な1年にしたいものだ。

written by 彦之丞


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