朝、出社すると携帯電話に家人から着信があったので折り返すと、愛犬のQ太郎の心肺が停止し無我夢中に心臓マッサージと人工呼吸をすると息を吹き返したそうで、今、動物病院に連れて来ていると言う。僕も事務所を出て慌ててタクシーに飛び乗り馴染みの動物病院に向かった。病院に着くとQ太郎は動物用のICUの中で静かに横になっている。動物用のICUは酸素が沢山注入された小さな透明の箱でペット専用の酸素室だ。一時間ぐらい待合室で待っていると先生から呼ばれた。
「Qちゃんは本当にタフな子でびっくりしています。さて、これからのことですが、Qちゃんをこのまま入院させてもいいんですが、高齢で老衰ですから自宅に連れて帰ってゆっくりさせてあげることを勧めます」
「先生の言う通りQ太郎は老衰でそろそろ寿命でしょうから、安心できる家に連れて帰り穏やかに看取ります。Q太郎は苦しまないですよね?」
「Qちゃんは苦しむことはまず無いでしょう。自宅で安心させてやって下さい」
「わかりました。ところで先生にこんな相談するのはどうかと思いますが、Q太郎が息を引き取った後、どこで火葬すればいいのでしょうか?先生のご存知のペットの葬儀場はありますか?」
「うちの犬が亡くなったときにお願いした優しい女性が運営しているペットの葬儀場があるので、そこを紹介しましょう」
そう言って、先生は奥の部屋からパンフレットを取ってきてくれた。この日の診療費を先生は受け取らなかった。先生に今までお世話になったお礼を伝えQ太郎を自宅に連れて帰った。その日の午後、僕は仕事を休んだ。
Q太郎は朝から何も口にしていなたったので餌を与えてはみたが、一向に食べない。口をこじ開けて餌を押し込んでも飲み込まない。Q太郎の命は持っても明日だろう。せめて最後に大好物の果物を食べさせてあげたいと思い、僕はスーパーに出掛け糖度の高いリンゴとスイカ、それに牛乳を買った。
Q太郎にリンゴを小さく刻んで与えてみると全く食べようとはしない。そこでスイカを小さく刻んで与えてみると、リンゴよりスイカが甘かったのかQ太郎はしっかり噛んで食べた。そして牛乳を与えゆっくりとQ太郎を寝かせた。その晩はQ太郎の横で眠ったが、気になってあまり眠れなかった。
翌朝、恐る恐るQ太郎の顔を覗くとちゃんと呼吸をしている。その日も僕は仕事を昼で切り上げ、ペットショップに高齢犬用の流動食を買いに出掛けた。ペットショップで2食分の流動食を購入し、家に戻りQ太郎にシリングで与えてみると、Q太郎は何とゴクゴク喉を鳴らして流動食を平らげた。その晩もQ太郎は流動食を平らげたので、ネットで流動食を追加注文した。
翌朝もQ太郎はしっかり流動食を食べ点滴を受けさせる動物病院に連れて行った。先生はとにかく驚いていた。
「もうQちゃんに会えんと思いよった。また会えるとは本当にびっくりしたよ!」
「先生、好物のスイカを食べ流動食も食べるんです。ほっとけなくて…」
「へー。飲み込む力があるんやね。びっくりやね。Qちゃんは本当に強いし頑張るね。よし頑張ろう!まだまだ長生きするかもしれん」
そう言いながら先生はQ太郎の頭を撫でた。
「先生、きっとQ太郎は一度死んだんですが、皆に恩返しするために戻ってきたと思ってます」
Q太郎は一度死んだが復活した。(お前はキリストか!)
三途の川を渡っている途中に誰かに追い返されたのか。それとも家人に連れ戻されたのか、死んだ犬が心臓マッサージと人工呼吸で息を吹き返すなんて…。いずれにしてもQ太郎と一緒に過ごせる時間はそう残っていないだろう。この時間はおまけなのかもしれない。
「頑張れ!Q太郎!」
written by ゴンザレス
僕の家にQ太郎という雌のミニチュアダックスフンドがいる。Q太郎は全身黒い毛に覆われており、まるでお化けのようなので「おばけのQ太郎」から名前を取って付けた。しかし雌犬なのでQ太郎と呼ばれることは無く、いつもQちゃんと呼ばれている。Q太郎は今年19歳で人間の年齢にすると90歳と随分長生きだ。
Qちゃんは今年に入り高齢のため思うように動くことができなくなり、1日の大半を寝ているが、真夜中に家の中を徘徊することがある。認知症かと思い馴染みの動物病院で診てもらったが、夜中に無駄吠えをしないのであれば心配ないと言われた。
そう言えばQちゃんは高齢になり吠えることがめっきり減った。先日、珍しく夜中に2回ほど小さく吠えたので駆け付けてみると、Qちゃんの姿が見当たらない。さらに探しているともう一度小さく吠えた。声はソファーの下から聞こえたのでソファーの下を覗くと、そこから出ることができなくなったようでQちゃんは足を広げて伸びていた。
小さい頃からQちゃんにしっかりトイレを躾けたので、ちゃんとトイレで用を足していたが、最近はそれが難しく粗相をしてしまうので、今はペット用のピンクの花柄の紙おむつをしている。(意外に良く似合っている)
Qちゃんは食いしん坊だったが餌を積極的に食べなくなった。今は流動食や水を注射器のようなシリンジという器具で与えているのが、量が進まないので徐々に痩せてきた。Qちゃんは毛が長いので外見から痩せたことは気付かないが、抱っこをすると体重は随分軽くなったと感じる。そのため定期的に動物病院に連れて行き点滴をしてもらう。
「Qちゃんはうちに来るミニチュアダックスの中で最高齢だ。これまでの長生きの記録を塗り替えたよ。この年まで生きれば丸儲けだ。これからは老衰で弱わっていくので、今のうちに沢山大好きな食べ物を与えてやって下さい」
先生からそう言われたので、健康のことよりQちゃんの好物を優先して与えている。Qちゃんは果物や甘いものが大好きで、寝ているQちゃんの鼻にシュークリームなど好物を近づけると、鼻をクンクンと動かし、ハッと目を覚まし、パクリと食べる。昨晩はケーキを食べ過ぎたためか、夜中に呼吸が酷く荒くなり、舌を出して苦しそうだったので死んでしまうかと思ったが、今朝は落ち着いて眠っていた。ケーキなどの甘い物はほどほどにしよう。
Qちゃんの頑張っている姿を見ると僕は勇気付けられる。毎朝眠っているQちゃんの頭を撫で、僕はこう話しかけて仕事に出掛ける。
「Qちゃん、ずっと一緒にいようね。長生きしてギネスブックに載るよ!」
Qちゃんは返事をするかのように、かすかに尻尾を振ってくれる。
「頑張れ!Q太郎!」
written by ゴンザレス
金融庁の金融審議会がまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年6月3日発表)によると、「人生100年時代」に95歳まで生きる場合には夫婦で約2,000万円の貯蓄が必要と指摘した。その根拠として65歳の世帯で毎月の年金の平均受取額は約20万円、それに対して平均支出額は約26万円だ。つまり毎月の赤字額は6万円で年間72万円の赤字となる。65歳から95歳まで30年あるので72万円×30年=2,160万が必要になり約2,000円が必要になると金融庁は指摘している。
金融庁のこの発表に多くの人が将来の不安を感じたようで、報道番組のインタビューなどでは「そんな大金を貯めることは無理!」と、みんな口を揃えて政府を批判していた。
老後の必要資金を政府がわざわざ発表するとは、将来の老後資金について考えていない人があまりに多いからなのか、それとも年金を当てにせず自助努力をしろというメッセージなのだろうか。いずれにしても政府が試算した金額は65歳以上の方の平均収支から計算されており、この中には住宅費用が含まれておらず、前提として65歳までにマイホームのローンを支払い終えた人の金額だ。そのため住宅ローンを完済していない人や賃貸住宅で生活する人はさらに家賃が必要となる。またこの試算には家の修繕費などは含まれておらず、さらに医療費などの突発的な費用も含まれていないため、実際の費用とは大きく乖離しているだろう。
金融庁の指摘は多くの人が老後になって慌てることのないようにと、親切心からだと僕は捉えているが、複数の老後の生活タイプ別に老後資金を提示するなど、もっと丁寧に試算する必要があるのではないだろうか。
国は企業に70歳まで雇用延長を要請しているが、雇用年数が長くなることで退職金はこれからさらに減額されることになり、しかも将来の日本の実質賃金は今より減り、逆に税金や社会保険費は増えるので、早い時期からライフプランを作ることが必要だ。
さらに一度作ったライフプランではその後の長い人生で通用しないこともあり得るので、経済の変化や税制改正に合わせライフプランを見直し、時代に沿って最適化しなければならない。
ひと昔前の老後は今まで頑張って働いてきた苦労から解放され、悠々自適に趣味など自分の楽しいことに時間を費やし旅行に出掛けることもできたが、これからは死ぬまで苦労から解放されることはないのかもしれない。
仕事好きで「一生現役」と、やたら口にする元気な高齢の方もいるが、これからは元気でなくても皆、「一生現役」になってしまいそうだ。
written by ジェイク