行きつけの天ぷら屋のカウンターで一杯やっていると、店の奥で電話が鳴り女将さんが出
た。どうやら今からの予約のようだ。電話を切ると僕に向かって「今から元ソフトバンクホークスの〇〇選手が店に来るよ!」とニコニコしながら言った。女将さんはその選手のファンらしい。そして直ぐに電話を掛け始めた。電話の相手は常連客のようだ。直ぐにその常連客が店にやって来て、〇〇選手の座るカウンターの席を女将さんから聞き、その席の隣に座り〇〇選手を待ち始めた。どうやら大ファンらしい。
TVのプロ野球中継があることで僕は仕事の手間が増える。TVの全国ネット放送は東京のキー局から全国に発信されているため、全国ネット番組に提供しているスポンサーのCM(素材)内容をキー局に指示を出す。(例外やお得意さんの意向もあるが)
プロ野球の球団の数だけ拠点があり、その拠点にあるローカル局を中心にシーズン中はナイターが編成される。ナイターを放送するローカル局では全国番組は一旦休止となり、その時間帯に全国番組を提供している番組スポンサーのCMは、ローカル局ではナイター提供に振替えられる。そうなるとナイターを編成したローカル局にもCM内容を指示しなければならない。シーズンになるとそのナイター中継はかなりの数に上る。要するに手間が増える。(仕事ですから手間が掛かって当然です)だからあまりプロ野球は好きじゃない。
そのうち元ソフトバンクホークスの〇〇選手が店に一人で入ってきてカウンターに座った。
待っていた常連客は〇〇選手に握手やサインをお願いし盛り上がっている。そのうち常連客は礼を言って引き上げていった。店には私と私の連れ、それに〇〇選手だけになった。
ご主人と女将さんが僕と〇〇選手の仲介に入り〇〇選手と会話をすることに。お互い酒が入り多少会話が弾んだ。
「よくお酒呑まれるんですか?」と僕が尋ねると
「えー好きですねー」と〇〇選手
「日本酒ですか?」
「そうです」
「僕も酒好きで」私も相槌を打つ。そうすると
「今まで後輩にご馳走した金で家が5軒は建っただろうな~」と〇〇選手。
「……」
僕はプロ野球が放送されると手間が増えるのに…。誰のお陰でそんなにお酒が呑めるんだ!笑いながら内心そう思った。
「サインもらったら?」女将さんが僕に言った。
「……」
written by マックス
数年前、東京からお客さんが出張で来福し夜に一杯やることになった。ほろ酔い気分で1軒目の居酒屋を出た後、お客さんの強い要望で2軒目は屋台へ。
福岡の歓楽街中洲、そこに那珂川という川があり、その袂に屋台が並んでいる。比較的混んでいたので席の空いている屋台を探して入った。中洲の屋台街には公衆トイレが一箇所あるが、僕らが入った屋台からは那珂川を挟んで対岸にあり、そこに架かる橋を渡って100メートルほど行かなければならなかった。ほろ酔いの僕には随分遠く感じた。
季節は5月初めで多少肌寒くおでんとビールが良く合った。時間が経つと屋台で飲んだビールで催してきた。公衆トイレまで行くことが億劫だったので、那珂川の川縁で用をたそうと川縁まで下りて行った。しかし那珂川に架かる人通りの多い橋の上から丸見えだった。それではと思いナニを出したまま、橋を背に暗がりの中の傾斜したコンクリートの川縁を歩いて行った。後から考えると公衆トイレと同じくらい歩いたことになる(笑)
そして数メートル歩いてところで事故が起きた。
「ツルッ!ガツンッ!」体が180度ひっくり返りコンクリートの川縁に顔面を叩きつけ、僕は川に落ちた。一瞬何が起こったのか理解できない。しかも川底に足が付かない。ほろ酔いとはいえ5月初めの川はかなり冷たい。必死に川縁のコンクリートに掴まり冷静さを取り戻そうとする。右目に何かが入り目がかすむので片手で拭うと、べっとりとした生温いものが溢れている。暗くてはっきり見えないが血が溢れているとわかった。一時して冷静さを取り戻し、とりあえず川の中で用を済ませ、川から攀じ登ろうとしてハッとした。傾斜のある川縁のコンクリートは一面に苔が生えていた。苔に滑ったんだ…。
必死に攀じ登ろうとしたが苔に滑ってなかなか上がれない。攀じ登っては滑り、攀じ登っては滑り。苔ってこんなに滑るんだ…(感心している場合か)。15分ほど繰り返し体力も限界に近づく。橋の上の通行人に向かって「助けてくれー」と叫ぼうかと思ったが、ズボンからナニは出ているし、大の大人がこんな姿で…。結局、渾身の力を指の爪に込めてやっとのこと這い上がることができた。そして、また滑って川に落ちないように四つん這いになって来た川縁を戻った。
激痛を耐えながら飲んでいた屋台に何も無かったかのように戻ると、屋台の店主と屋台で飲んでいたお客全員がギョッとした。全身ずぶ濡れで苔塗れ、そして顔面血だらけ…。そんな姿でうちに居られると周りのお客に迷惑と、店主に再入店拒否。周りのお客さんは病院に行かなくても大丈夫と言い張る僕を説得。結局、近くの救急病院に急遽タクシーで向った。
病院で診察され事情を話すとCTスキャンまで取られたが頭に異常は無かった。しかし傷口に苔がかなり入りこんでいたので、傷口を徹底洗浄された後に傷を縫われた。
次の日、大切な打合せにサングラスを掛けて参加した…。
あの時の医者は「傷は残らない」と言っていたのに…。
『急がば回れ』身に沁みた。
written by 彦之丞(ひこのじょう)
広告業界はコンペが盛んな業界。
クライアントに依頼された数社の広告会社が企画やクリエイティブを提案し、その中から優れた提案をした広告会社が採用される。若い頃は月に一度コンペに参加することを自ら目標に掲げ、多くの企業を訪問し随分必死になってコンペの土俵に上がっていた。そして取るか取られる勝負の世界。
「コンペはプレゼンの前に80%は決まる」と後輩の尻を叩き、僕もオリエン以降、毎日のようにクライアントに足を運び、オリエンでは収集できなかった情報を掻き集めていた。同時にマーケティングリサーチなども行い提案書を作成、そしてプレゼンに挑んでいた。コンペの勝率は高かったが、数年前からコンペに参加することをピタリと止めてしまった。
当然コンペに負けると、そのプレゼンに費やした費用や時間、それに労力を回収できないこともあるが、本来の目的であるクライアントの広告展開が成功することより、コンペで勝つことを目的としてしまうことが多かった。その結果、広告会社というよりもコンペの勝ち負けにこだわるプレゼン請負業のようになってしまうことが嫌になった。
当社の社名の由来もここにある。
「クライアントの宣伝部のような存在になりたい…」
先日あるお得意先からコンペに参加して欲しいと強い要望があった。お得意先との良好な関係と何となくの流れで参加することになってしまった(笑)
しかし以前のように血眼になってガツガツと準備をしていない。ただお得意のことだけを考え、お得意先の広告展開をどうすれば成功するか、その一点に集中し仲間と知恵を絞っている。本来の目的を大切にしながら。
さて、久しぶりのコンペの結果はどうなるだろう?(笑)
written by ジェイク