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2022年07月29日

今年は例年よりも早く梅雨明けしたので、夏は長く秋の訪れはまだ先になりそうだ。ミニチュアダックスの愛犬Q次郎は足が短く散歩に出掛けると、太陽に熱せられた地面の熱をもろに体に受けるので、少しでも涼しい朝に散歩に連れて行っている。しかし早朝の散歩でも暑さでQ次郎は伸びてしまう。Q次郎も秋が恋しいようだ。

3年前、先代の愛犬Q太郎が亡くなり僕はペットロスで沈んだ毎日を過ごしており、時間があるとミニチュアダックスを販売しているサイトをよく閲覧していた。Q太郎が亡くなって2カ月ほど過ぎた頃、ブリーダー直販サイトに掲載されているミニチュアダックスの子犬に目が留まった。その子犬の横には、以前、僕がQ太郎に買ってあげた同じぬいぐるみが写っていた。ひょっとしてこの子犬はQ太郎の生まれ変わりかもしれない。見学に出掛けてみようか…。しかしその子犬は兵庫県の加古川市に住むブリーダーが販売しており、福岡から加古川までは遠いので見学することを諦めた。
その後も、僕はその子犬が気になり、何度もネットでその子犬を閲覧していると、家人は僕にこう言って背中を押した。
「そんなに気になるんなら見学に行ったら?私たちが高齢になったら犬は飼えんし、早くせんと他の飼い主が現れるよ」
背中を押され僕はブリーダーに見学したいと連絡を取った。

見学のはずだったが、念のためにペット用のキャリーバックを持ち新幹線と在来線を乗り継ぎ加古川へ。加古川駅にはブリーダーの方が迎えに来てくれていた。そのブリーダーは人の良さそうな方で、彼は以前、サラリーマンだったが人間関係で行き詰まり会社を辞めたと言う。そしてミニチュアダックスが好きだったこともあり人付き合いの少ないブリーダーに転身したそうだ。
彼の自宅に着くと、早速、目当ての子犬を見せてもらった。子犬は生後50日で大きさ20㎝とまだ小さく、大人しい可愛い黒のミニチュアダックスの子犬だった。見学だけのつもりだったが、僕はその子犬を一目で気に入りブリーダーに譲ってくれるようにお願いした。その夜は神戸観光を兼ねて神戸で一泊し、翌日、その子犬を引き取り、キャリーバックに入れ新幹線で福岡に戻ってきた。

Q次郎は当初、別の名前を付けていたが、どうしても先代の名前を呼んでしまうためQ
次郎と名前を改め、先代同様に「Q(キュー)」と呼ばれている。Q次郎は明日3歳になり、人間の年齢に換算すると28歳で立派な成犬だ。明日はQ次郎の大好きな馬肉のジャーキーを沢山買ってあげよう。
「Q、長生きしろよ!」

2022年07月22日

広告業界では企画やデザインのコンペがよく行われ、僕も若い頃は多くのコンペに参加しプレゼンを行った。コンペはお得意先から声の掛かった複数の広告会社で行われ、お得意先のオリエンで与えられた課題に対し企画を練りプレゼンを行う。その後、お得意先がプレゼン内容は検討し、プレゼンに参加した1社の企画が採用される。しかし多くのコンペに参加して思うことは、オリエンからプレゼンまでの間で勝敗が決まることが多かった。

あるお得意先で年に2回、新聞の全面カラー広告のデザインコンペが行われ、決まって4社の広告会社が参加し、僕も毎回そのコンペに参加した。そのお得意先は世界中に空調設備を製造販売する企業で、オリエンでは毎回、納入実績のあるひとつの国がテーマで与えられ、その国の象徴的な風景などをデザインして提案することになる。お得意先から海外ロケの承認が下りなかったので、画像(フィルム)を借りてデザインを制作するのだが、当時、インターネットは普及しておらず、今のようにネットで簡単に画像を借りることはできなかった。当時、画像を借りるには数万点の画像をカテゴリー別にストックしているレンタルフォトスタジオに出掛け、そこで必要な画像を借りデザインにしていた。レンタルフォトスタジオは画像を借りることで費用は発生しないが、画像を広告物に使用すると費用が発生した。

僕はお得意先のオリエンを受けると、直ぐに福岡の複数の有力なレンタルフォトスタジオに連絡を入れ、お得意先からテーマで与えられた国に関する象徴的な画像を全て予約し差し押さえた。僕は日頃からレンタルフォトのスタッフに差し入れをするなどコミュニケーションを取っていたので、彼らは僕に非常に友好的だった。そして他の広告会社がレンタルフォトスタジオに出掛ける頃にはデザインに使えそうな画像はひとつも残っていなかった。僕はデザインに使用しなかった画像をプレゼンの前日に返却していたので、他社はデザインを制作する時間はほとんど無かっただろう。僕はそのお得意先のコンペで初回は負けたものの、それ以降、一度も負けたことはない。

その後、お得意先にコンペに参加している他の広告会社から僕に対してのクレームが入った。僕と親しかったお得意先は笑いながらこう言った。
「他社からクレームの連絡があったよ。あまり他社を虐めたらいかんよ(笑)」
「すみません(笑)」

2022年07月15日

先週の金曜日、スポーツクラブでトレーニングをしていると、テレビから安倍前首相が拳銃のようなもので撃たれたと速報が流れた。安倍前首相が凶弾に倒れて死亡するとは誰も想像していなかっただろう。まさに「一寸先は闇」だ。

銃社会ではない日本で自作の銃によって前首相が射殺されるという前代未聞の事件に世界は驚きと深い悲しみに包まれた。森友問題や桜を見る会などの問題で僕は安倍さんにあまり良い印象を抱いていなかったが、安倍さんの死に同情し悲しみを覚えた。
安倍さんが殺害された日、安倍さんは奥さんの昭恵夫人と一緒に朝食を取り、昭恵夫人は元気に安倍さんを自宅から見送った。そして安倍さんが自宅を出て2時間半後に安倍さんが銃で撃たれたと昭恵夫人に知らせが入った。その瞬間、彼女は一体何が起こったのか全く理解できず混乱したのではないだろうか。
葬儀で昭恵夫人は「今も夢のようだ」と語り、出棺の前に安倍さんに頬ずりをしたと報道されていた。彼女のことを思うと胸が痛い。

ところで人は誰も皆、死を迎える。人の死は老衰(自然死)、病死、事故死、自殺、殺人、戦死など千差万別だ。死と言う自ら経験のないことに皆、不安と恐怖を感じ、誰もが穏やかな死を望む。しかし安倍さんのようにある日突然、凶弾に倒れて死ぬこともあり、また今起きているロシアによるウクライナ侵略でも多くの人が犠牲になり戦死している。過去に繰り返し起きた戦争では計り知れないほどの多くの人が犠牲になっている。
死の種類は千差万別だが「覚悟ができている死」と、「覚悟ができていない死」で大きく分けると、「覚悟ができている死」は家族も死に対する心の覚悟ができており、遺品の整理も速やかに行える。逆に「覚悟ができていない死」は突然訪れるため、家族は覚悟ができておらず心のダメージは大きく遺品の整理も大変だ。
安倍さんの死は「覚悟ができていない死」だったので、残された昭恵夫人は心にポッカリと大きな穴が開き、その穴を埋めるには随分と時間が掛るだろう。そして安倍さんの遺品を整理するたびに共に生きてき時間を思い出し悲しみは長く続くことになる。

安倍さんの死に哀悼の意を表するとともに、昭恵夫人の今後の人生が穏やかで幸せな時間に包まれることを心より願っている。また多くの人が不慮の死を迎えることなく、穏やかで静かな死を迎えることができるように願っている。

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