東京から大切なお取引先の方が久しぶりに来福され、昼下がりの時間から一杯やることになり、行きつけの老舗料亭へ。部屋に通され障子を開けると縁側があり、そこから緑に覆われた庭が見える。その奥に光で水面が煌く川が流れている。都会の喧騒を忘れさせる福岡を代表する名料亭だ。料亭を利用する多くのお客さんは懐石料理のコースを頂くのだが、中途半端な時間だとコースを頼まずにお任せの一品料理で一杯やれるところが気に入っている。
窓から五月の心地良い風を感じながら3人には広すぎる畳の間で、酒の肴を摘みながら裃を脱いでゆっくりと一杯やる。まさに至福の時間だ。時間が経過するごとに仕事に厳しい顔が穏やかな顔に戻っていく。そして酒が進むと少しずつ声も大きくなり会話が盛り上がる。20年近く付き合っているにも関わらず良く話が尽きないものだ。頃合を見て料亭の女将が部屋に挨拶に来て、また場が盛り上がる。
現代はパソコンや通信機器が進歩し仕事の処理速度は以前に比べ随分早くなった。また食事のスタイルも随分変化(進化?)している。町にはコンビニやファーストフード店がひしめき合い食事の時間帯は多くの人がレジに並ぶ。要するに生活の速度が以前より増しているのである。そんなに生活の速度を上げて人間はどこへ向かっているのだろうか?ふと、そう思った。
きっと生活の速度が増すことで現代人は多くのものを見過ごしてしまい、新しいアイデアやヒントを発見することはできなくなっているのだろう。それより季節や自然を感じ、旬の味覚を味わいながら、裃を脱いで人と触れ合う。そして人間の持つ全ての感覚(五感)を刺激するほうが多くのものが見えてくるし、遥かにアイデアやヒントは生まれてくるだろう。
五感を刺激しないとその先にある第六感は養うことはできないはずだから。
written by マックス