マンションの駐車場でひっくり返った蝉の死骸を見つけた。昆虫は死に際、硬直し脚が縮み関節が曲がるため地面で体を支えることができず、ひっくり返って死んでいくそうだ。仰向けになりながら、死を待つ蝉はいったい何を見て何を思うのだろうか。夏の澄み切った青空だろうか…。しかし蝉の目は体の背中側にあり、仰向けになった蝉は空を見ることができず、地面を見ているという。彼らは幼少期に長く過ごした地中での生活を思い出しながら、最期を迎えるのだろうか。何とも命は儚く切ない。
ところでお盆が終わると、住んでいるマンションで大規模改修工事が始まった。僕は過去に2度マンションの改修工事を経験しているので、今回で3度目になる。マンションの改修工事は外壁に足場を組みネットで覆うため、部屋の中は暗く閉塞感に包まれる。
お盆前にマンションの住人を集めて改修工事の説明会が行われた。工事期間中、数台の駐車場に足場を組むので、そこに停めている車は他の駐車場に移動してもらうと説明を受け、僕はその対象者だった。近所に空きの駐車場がなくマンションから徒歩10分ほどの駐車場と、徒歩5分ほどの駐車場の2カ所を確保したので、後日、抽選で決めるという。
抽選の日、僕は工事の施工会社の責任者にこう言った。
「少し乱暴ですよね。うちは高齢の母と同居しており頻繁に病院に送迎しているので、駐車場を移動するのは難しいです。移動する方だけで抽選するのではなく、全員で移動する対象者を決める抽選なら、まだ理解しますが…」
「しかし管理組合で決まったことなんで…」
「移動の対象者に事前にヒアリングしたんですか?少なからず僕はヒアリングされていません。車の移動が難しい人は移動可能な方と代わってもらうとか、2台の駐車場を借りている方の1台を優先して移動してもらうとか、工事期間の前半と後半で移動をローテーションで回すとか…。頭を捻ってアイデアを出して管理組合に提案し、親切に対応するべきじゃないんですか?あなた方プロでしょ?」
「…わかりました。お盆休み明けに管理組合の理事会があるので相談してみます」
結局、その日は抽選が行われず、お盆明けに理事会を終え改修工事の責任者が尋ねて来た。
「理事会に相談し、車の入れ替えやマンションの共用地を上手く利用し、2台借りている人の1台を移動してもらうことで調整が付きました。移動しなくて大丈夫です」
近頃、物事を簡単に考え、頭を捻りアイデアを出す人が減ったように感じる。
改修工事が始まり大好きなベランダで空を見上げて過ごすことができなくなった。ひっくり返った蝉を思い出した。