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震災の大火の中で
2024年01月26日

今週、今季一番の寒波が襲来し福岡では日中の気温は2℃と低く、雪が宙を舞っていた。震災の被害で電気も水道も止まり、極限の生活を強いられている被災者の方のことを思うと胸が痛い。一刻も早く復興できることを心より願うばかりだ。

1月1日、能登地方を襲った地震で輪島市の中心部にある「朝市通り」付近で大規模火災が発生した。消火に当たった消防隊によると、火元は「朝市通り」南側の店舗周辺とみられ、消防隊が火災を発見したものの倒れた電柱や倒壊した家が道を塞ぎ、断水により消火栓から水は出なかったという。そこで近くの川からポンプで水を吸い上げようとしたが、地震の影響で川の水はなく、水を吸い上げることができなかったそうだ。そして能登地方の道路は多くが陥没し、応援の消防車両も駆けつることができず、風に煽られ火は一気に広がったという。

この火災で両親が家の下敷きになり助けることができなかったという息子さんが、焼け野原のようになった火災現場でテレビの取材に応じた。その日、彼は「朝市通り」近くにある実家で両親と3人で、おせち料理を食べ新年を祝っていた時、地震が発生した。家族全員で避難所に向かうため車を家の前に移動させようと彼が外に出た時、再び大きな揺れが襲い実家は倒壊し、彼の目の前で両親は家の下敷きになった。

彼は両親を助けようとしたが、実家は激しく崩れ外から2人の姿は見えない。両親に呼びかけると、母は「助けを呼んでくれ。あなたが頼り」と応じたという。しかしその時、「朝市通り」で火の手が上がり近くまで火が迫っており、両親を残して避難せざるを得なかったという。彼は取材の最後にこう言っていた。

「現実だと思えません。目の前のことに集中していないと、バランスが崩れて落っこちていくんじゃないかという感じです」

彼と両親のことを思うと、悲痛で居ても立っても居られない気持ちになった。

もし僕が彼と同じ状況だったらどうしているのだろうか?僕も彼のようにその場を離れ避難せざるを得ないだろう。僕は下敷きになっている親に大声で今の状況を伝え、避難することを謝罪し、その場を離れただろう。

「親父、お袋、すまん!必ず戻ってくるけん!ちゃんと生きとってくれよ!」

その言葉に親はきっとこう返しただろう。

「俺たちのことは何も心配せんでええ!とにかく早よ逃げて生きろ!!」

昨年、亡くなった親父の顔が目に浮かんだ。


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