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あんぱんに飴玉
2023年06月02日

「お父さん、随分と頬がこけてみっともなかったね。普通、死んだら頬がこけんように綿を入れるんよ」

通夜の後、自宅に戻るとお袋が言う。

「そんなら、明日、葬儀の前に頬に綿ば入れてやったら良いやん。葬儀屋さんは納棺師を手配して親父の顔を整えるか聞きよったばってん、お袋は断ったやん」

「そうやね…。お父さんが葬式は質素で良かと言いよったけん…。明日、葬式の前に綿を持って行ってお父さんの頬に入れてやろう」

翌日、葬儀の前に親父のこけた頬にお袋は綿を入れ始めた。

「あら、死後硬直で口が開かんね。お父さん少し口を開けて下さ~い!」

そう言いながら、お袋は手で親父の口を開けようとするが、なかなか口は開かない。そこで僕も手伝うと、かろうじて1センチほど親父の口は開いた。お袋は開いた口に綿を入れ割りばしで左右の頬に綿を押し込むが頬も硬く上手く膨らない。葬儀の時間が迫りお袋は焦っている様子。お袋が親父の頬に強引に綿を押し込んでいくので、親父の顔は少しずつ別人のように。そこに葬儀社の方がやって来た。

「どうされました?」

「お父さんの頬があまりにこけとるけん、頬に綿ば詰めて膨らませるけど上手くいかんとよ。あんたやってくれんね?」

「えっ、私がやるんですか?私、納棺師さんじゃないんですけど…」

「葬儀屋さんやけん、私より上手いやろ」

「わ、わかりました。時間が無いので急ぎましょう。」

仕方なく葬儀社の方は手袋をして親父の口に綿を入れ、割りばしで頬の奥まで綿を押し込んでいく。「あ~でもない、こ~でもない」と、お袋が横から口を出すので葬儀屋さんも悪戦苦闘する始末。葬儀の時間が迫り親父の兄弟も教会に到着したので、作業を終え葬儀を始めた。

親父は4年近く嚥下障害で飲み食いができなかったので、棺桶に親父の好物だったあんぱんを沢山入れ、好物だった飴玉を口に咥えさせた。葬儀の終盤、親父の好きだった美空ひばりに歌「川の流れのように」を流し親父を火葬場に送った。そして親父は飴玉を咥え沢山のあんぱんと一緒に火葬された。

「あんぱんに飴玉。親父は喜んどるやろうか?頬が膨らんだけん、まるであんぱんと飴玉をたくさん頬張っとうみたいやったな…」

火葬が終わり僕がそう言うと、お袋が言った。

「喜んどるよ。ずっと何も食べれんやったけん」

親父は天国で喉を詰まらせているかもしれない…。


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