「窓からタバコの煙が入って来るのでベランダ等での喫煙は注意して下さい」と、以前、マンション1階の掲示板に張り紙があり、煙草を吸う僕は肩身が狭い思いをした。
先日、玄関のチャイムが鳴った。チャイムはマンション1階入口のオートロックの音ではなかったので、同じマンションの住人が訪ねてきたと思い玄関ドアの覗き穴を覗くと、ひとりの女性が立っていた。
「突然すみません。上の部屋の者なんですが…」
彼女は僕の上に住む6階の住人で、僕はてっきり煙草の煙によるクレームかと思い、一瞬ドキッとしながらドアを開けた。
「あの…、実はうちの猫がいなくなって、ベランダから落ちたのではないかと思い1階を探しても見当たらないんで、お宅のベランダに落ちたのではないかと思って…」
「猫ですか?」
「はい。まだ生まれて半年の子猫なんです。日頃からベランダには出さないように注意しているんですが…。申し訳ありませんが、ベランダにうちの猫がいないか確認してもらえませんか?」
遠慮する彼女を僕は家に上げベランダに案内し一緒に子猫を探した。ベランダにはお袋の家庭菜園のプランター、鉢植えの植物、それにテーブルと椅子があり、二人で「にゃ~、にゃ~」と声を出し隈なく子猫を探したが、子猫は見つからない。
「上のベランダからこのベランダに上手く下りれますかね?うちは犬がいるので、ベランダで物音がすると吠えるはずなんですけど…。きっと1階に落ちたんじゃないですか?もう一度一緒に1階を探しましょう!」
彼女は藁にも縋るような顔で頷いた。
彼女と一緒にエレベーターで1階に降りると、直ぐに彼女の携帯電話が鳴った。
「もしもし、えっ!?居た!?本当!?あ~良かった!!」
彼女の家族が家中を探すと押入れの奥に子猫はいたようで、彼女は胸を撫で下ろした。
「どうも、ありがとうございます。大変、お騒がせしました」
「良かったです!安心しましたよ!」
彼女は何度も僕に頭を下げた。
1時間ほど経ち、また玄関のチャイムが鳴った。
「えっ、今度こそクレームか?」
玄関を開けると、先ほどの女性がお礼にとお菓子の差し入れを持って来てくれた。
「こんなに肩身の狭い思いをするくらいなら、禁煙せんといかんな…」