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天国から地獄
2019年08月23日

パーキンソン病や低血圧で歩行がままならない親父をお袋は常に気に掛けて生活している。特に親父は夜中に2、3度トイレに立つようで、その度にお袋は目を覚ますので寝不足でストレスと疲労が溜まっているようだ。そこで少しでもお袋を日常から解放させストレスを発散させようと、夏休みに二人を温泉に連れて行くことにした。

温泉に出掛ける数日前に親父が転んで右足を痛め歩くことができないので、温泉に行くことを躊躇しているとお袋から連絡があった。お盆で病院が休みのため親父は自宅で足を冷やして湿布をして安静にしているが、足を痛めた親父をお袋が介助しているので、お袋の疲労もピークに達している様子だった。僕は更に高齢になると温泉や旅行に出掛けることはさらに難しくなるだろうし、何よりもお袋がリフレッシュするために予定通り温泉に出掛けようと伝え、温泉では僕が親父を介助するから安心するように言った。

当日、2人を迎えに行き親父の痛めた足を見ると多少腫れは引いたようだったので、親父の足に触れ軽く叩いてみると親父は悲鳴を上げた。二人を車に乗せ、車椅子を積み宿に向かった。大型の台風が来ていたが、台風の進路が福岡から逸れていたので台風の影響はほとんどなかった。
宿に着き、親父を車椅子に乗せ部屋に入った。部屋は離れで随分と広く風呂は内湯と露天風呂が完備されており、風情のある素敵な部屋だった。しばらく休憩した後、親父をゆっくり風呂に入れ皆で夕食を取った。夕食は親父の好物の牛肉とお袋の好物の伊勢海老を頼んでいたので二人とも大喜びだった。
親父は高齢者用のおむつをしているので、就寝後はトイレに立たずにおむつで用を足すように伝え就寝した。しかし深夜に親父は3度もトイレに立ち、その度に僕は親父を介助しトイレに連れて行く。親父は用を足すことに時間がかかるようで、毎回僕は親父に声を掛けながらトイレの前で15分ほど待った。この生活が毎日続くと思うとお袋の負担が心配になった。

翌日、親父とお袋は大満足で宿を後にした。そしてその帰りに自宅近くの病院に親父を連れて行き腫れた足を診てもらった。幸いにも足の骨は折れていなかったので、医者は自宅で安静にするように言った。この時、親父は他の検査で席を外しておりその場にはいなかった。

「レントゲンを見ると骨折はしていないです。骨挫傷なので2週間ほど自宅で安静にしていればよくなるでしょう。ご主人の足首にボルトが入っていますが、以前骨折したんですか?」
「5年ほど前に骨折して手術をしたんです。治って固定しているボルトを抜く話があったのですが、先生と相談して父が高齢だったのでそのままにしておくことにしたんです」
「そうですか、本来であれば抜いておいた方が良いのですが、高齢ですから仕方ないですね。それではご主人の検査が終わったら足を固定しましょう」
「あの…先生。このまま父を自宅に連れて帰っても、この状態で母と二人で生活することは無理です。父を入院させてもらえませんか?」
「しかし骨折もしてないのに入院はできませんよ」
「それでは手術してボルトを抜いてもらえませんか?だったら入院できるでしょう?」

僕が先生にそう伝えると、先生は苦笑いして了承してくれた。

検査が終わり戻ってきた親父に入院して手術することになったことを僕が伝えると、親父はとにかく驚いていた。

「手術?入院?嘘やろ!?骨は折れてないやろう?」
「折れてないばってん、以前骨折したろうが、そん時の骨ば固定しとるボルトば取らんといかんらしい。後々そのボルトが内側から筋肉ば傷つけて痛くなるげな」
「もうこの年やけん手術とかよか。入院とかせんばい。早よ帰ろう!入院して俺がおらんとお母さんが心配や」
「親父がお袋と一緒におる方が心配たい!先生の言うことを聞かんといかん!」

親父は温泉から戻る途中に自宅近くの病院に入院して手術を受けることになった。お袋は笑いながらこう言った。

「昨日は温泉で贅沢して今日は入院するなんて、お父さんはまるで天国から地獄やね」

退院するまでお袋はのんびり自分のペースで生活ができるだろうが、親父が退院した後の二人の生活が心配だ。早めに手を打たんと共倒れになってしまう。

written by マックス


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