祖国
2014年07月25日
先の大戦中、多くの日本人兵士がアジアの灼熱の地で、青い空を見上げ国旗掲揚し、どれほど遠い祖国を想ったことだろう。今の時代「祖国」と言う言葉を使う日本人は減ったように思う。それだけ日本人としての誇りも希薄になっているということなのだろうか。
毎年、終戦記念日が近づくと多くのメディアが当時の記録を報じる。その記録の中で多くの兵士の手紙や遺書が紹介される。その手紙や遺書の中には「祖国」という文字が多く記されている。
多くの兵士が祖国日本のために、祖国日本の未来を信じ、自ら命を犠牲にした。その悲惨な過去の上に今があり、歴史は地層のように積み上げられていく。
しかし人類は過去の教訓を学ぶことなく同じ失敗を繰り返す。あれだけの悲惨な過去があるにも係わらず、今も世界中で戦乱の火が絶えない。
スポーツの世界大会を海外で観戦したことがある方なら、異国での国旗掲揚に立ち会ったことがあるだろう。しかし多くの方はその場面に立ち会うことはないだろう。
日本での国旗掲揚と海外での国旗掲揚では、はるかに感じるものが違う。海外での国旗掲揚に立ち会うと、自然と「祖国」を想うことができる。
先日、ボランティア活動のために出かけたカンボジアの小学校の小さなグランドで、国歌を流しての国旗掲揚が行われた。ゆっくりと、ゆっくりと日の丸が真っ青な空に昇っていく。皆、自然と姿勢を正し、日の丸の旗を凛とした視線で追う。日本人としての誇りを強く感じた。
「祖国」を愛した多くの犠牲を決して無駄にしてはならない。
written by ベルハルト