朝、出勤するとお得意先である設計会社の社長が亡くなり、その晩にお通夜だと連絡を受けた。あまりに突然のことだったので、僕は声を上げるほど驚いた。彼は癌だったが仕事を続けることに執着し最後まで辛い抗がん治療を受けながら設計をしていたそうだ。亡くなった日もクライアントと打ち合わせをした後、自宅に戻り倒れて亡くなったそうだ。
彼は不愛想で人付き合いが苦手な方だった。僕は紹介で彼と出会い、彼の会社のPRの仕事を任された。基本的に僕はお得意の意向を丸飲みするタイプではなく、間違っていることははっきりとお得意に伝えるので、不愛想な彼は僕を気に入ってくれたようだ。そして彼と会食に出掛けるほどの仲になり、約20年間お付き合いした。
若い頃の彼は暴走族で随分グレていたそうだ。高校を卒業すると大学には進学せず建設会社の現場で働いていたと言う。建設現場での仕事は毎日重労働で現場監督からはいつも怒鳴られ扱き使われていたそうで、このまま死ぬまで人に扱き使われ死ぬのかと自問していたそうだ。そして彼は一念発起し使われる側より使う側になろうと強く思い、建築士になることを決意したそうだ。
彼は働きながら専門学校に通い2級建築士の資格を取得し、その後、設計会社で働きながら独学で1級建築士の試験を見事合格し晴れて1級建築士になった。彼は中学、高校とまともに勉強しなかったようで、建築の勉強よりも漢字や数学を覚えることの方が大変だったと笑いながら話した。その後独立し設計会社を立ち上げ、九州で名の通った設計士になり国内はもちろん海外でも多くの建築の賞を受賞した。
お通夜に出掛け会葬御礼を頂戴し自宅に帰り会葬御礼を開きご家族からの礼状を読んだ。そこには彼が子供たちに常日頃から言っていた言葉が記されていた。
「夢は自分の力で掴み取れ!これが主人の口癖でした…」
コロナ禍で厳しい毎日を送っている人も多く、就職活動をする中で内定を取り消され途方に暮れる若者も多い。辛く苦しくても彼のように夢を諦めず必死に努力すれば必ず夢を掴むことができるので諦めないでほしい。
当時、勤めていた会社が倒産し独立したばかりの僕を彼は力強く勇気付けてくれた。
written by ベルハルト